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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1172号 判決 1978年5月24日

控訴人 長谷川光男

右訴訟代理人弁護士 安藤章

同 丸山俊子

被控訴人 福富子之助

同 福富誠一

右両名訴訟代理人弁護士 原奇知郎

主文

原判決中被控訴人福富誠一に関する部分を取消す。

被控訴人福富誠一は控訴人に対し金一二五五万円およびこれに対する昭和四七年二月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人福富子之助に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、控訴人と被控訴人福富子之助との間においては控訴費用を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人福富誠一との間においては第一、二番を通じ、控訴人について生じた費用を二分し、その一を被控訴人福富誠一の負担とし、その余の費用は各自負担とする。

事実

第一申立

(控訴代理人)

一  原判決を取消す。

二  (被控訴人福富子之助に対する請求および被控訴人福富誠一に対する主位的請求)

被控訴人らは各自控訴人に対し金一二五五万円およびこれに対する昭和四七年二月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(被控訴人福富誠一に対する予備的請求)

被控訴人福富誠一は控訴人に対し金一二五五万円およびこれに対する昭和四七年二月二五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

四 仮執行の宣言。

(被控訴代理人)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

次に付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決七枚目表四行目「原告」を「被告」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(控訴代理人)

(請求原因の追加、変更)

一  被控訴人福富誠一の不法行為責任

被控訴人福富誠一は、被控訴人福富子之助から本件土地売買についての代理権を与えられていないのに与えられているかのごとく装って控訴人をしてその旨誤信させて、本件売買契約を締結せしめ、その後控訴人が本件土地につき農地法三条の許可申請手続をすることを催促したのに対し、「許可申請手続をとると他に予定されている農地の払下が受けられなくなるので、払下があるまで待ってほしい。」といって控訴人をして本件売買契約が有効であることにつき疑問を懐かせないように仕向け、もって控訴人をして早期に土地を買増することを妨げ、後記二のとおりの損害を被らせた。

二  不法行為に基づく損害賠償の範囲

右損害賠償額に関する主張を以下のとおり改める。

1 財産上の損害

控訴人は昭和三七年当時、自宅付近に約三町歩の土地を所有していたが、同年四月に結成された鹿島開発組合から所有地を四割提供するようにとの申出があった。控訴人は自宅付近の所有地を手放したくなく、また整地をすれば地価が上昇することが明らかであったので、二町歩の土地を他から買って五町歩とし、この他から買った二町歩の土地を開発組合に提供する計画をたてた。そして、この計画の実行として本件土地を買入れるとともに、訴外花塚幸雄から約九反の土地を反当り五万円で買入れた。

ところが、被控訴人らは控訴人の再三の要請にもかかわらず本件土地につき県知事に対して所有権移転許可申請手続をなさず、一方開発組合の買収は昭和三八年から着々と進んでいたので、控訴人は、昭和三九年に至り花塚から取得した約九反の土地に合わせて、やむなく自己所有地(イ)神栖町大字知手字砂三三三二番の九畑一〇二三平方メートル(三一〇坪)と(ロ)波崎町大字太田字横瀬二八九〇番の二畑二三〇三平方メートル(六九七坪)、合計三三二六平方メートル(一〇〇七坪)の土地を開発組合に提供した(なお、そのほか控訴人はその所有地一六八八平方メートルとその隣地の所有者の要請によって昭和三九年に買受けた土地とを合わせ合計四八〇六平方メートル(一四五四坪)を昭和四三年に開発組合に提供した。)。

したがって、

(一) 控訴人は、被控訴人らの不法行為がなかったならば、本件土地面積九九六八平方メートル相当の約一町歩の代替地を他から取得し、これを開発組合に提供することができたはずであるのに、被控訴人らの不法行為によって本件土地の引渡を受けられるものと誤信していたため、代替地の取得の機会を失し、その取得を妨げられた。

(二) 被控訴人らの不法行為がなかったならば、控訴人は他から提供用代替地を取得することによって自己固有の所有地を提供する必要はなかったはずであるのに、前記のとおり控訴人らの不法行為によってやむなく自己固有の所有地を提供した。控訴人が組合に提供した前記(イ)一〇二三平方メートル(三一〇坪)の土地は、現在市街化区域に指定され、少くとも坪当り八万円の価格を有し、また(ロ)の二三〇三平方メートル(六九七坪)の土地は、現在農業団地となって、少くとも坪当り二万円の価格を有する。したがって、右事実に基づき被控訴人らの不法行為によって控訴人の被った損害を算定すれば、右(イ)、(ロ)各提供土地の現在の時価と他に取得し得べきであった代替地の時価(前記花塚からの買入価格反当り五万円が相当である。)との差額となる。

右損害額は別紙損害額計算書(一)の算式により金三八五七万二一六八円(控訴人の主張に三八一九万七〇〇〇円とあるのは、二三〇三平方メートルについての坪数換算誤りに基づく誤算と認める。)となる。

(三) なお、右の損害は、自己固有の所有地を手許に保留するために本件土地を開発組合に提供するという具体的な計画に基づいて算定したものであるが、右の計画によらず自己固有の所有地と新たに取得する土地を含めてどの土地を提供することにしても、控訴人はその取得し得べき代替地に関して買収されるべき分すなわち四割につき、買収価格と本件契約当時の時価との差額分相当の損害を被り、控訴人の手許に保留されるべき分すなわち六割につき、現在の時価と本件契約当時の時価との差額相当分の損害を被ったといえる右損害額の具体的算定方法および算式は別紙損害計算書(二)記載のとおりであって、その額は金三六三八万八二〇〇円となる。

2 精神的損害

控訴人は、被控訴人福富誠一を信用して本件土地を買受け、その後も同人の巧みな言葉に欺かれて長い間契約が有効であることを信じ続けてきた。昭和三九年に至り、被控訴人らの家で前述の農地の払下を受け、本件土地について所有権移転許可申請手続を延ばす理由としていた問題も解消したのに、なお被控訴人らは右手続に応ぜず、控訴人は切羽つまって開発組合に自己固有の所有地を提供するようになって、弁護士に依頼して本件土地の移転登記を求める訴訟を提起した。しかるに、右訴訟は、本件売買が被控訴人福富誠一の無権代理行為であるとの理由で敗訴したため、控訴人は本件訴訟を提起するに至ったものである。かように被控訴人福富誠一の犯罪行為によって控訴人は莫大な財産上の損害を被り、しかも長期に亘る訴訟によって苦痛を受けたのであるから、単に本件売買代金を返還すれば足りるというものではなく、慰藉料として金一二〇〇万円を支払うのが相当である。

3 被控訴人らは、本件土地の売買に関し、控訴人が本件土地を開発組合に提供する目的で買受けるものであることおよび鹿島一帯の土地がその頃開発計画の発表とともに騰貴傾向にあることを知っていたから、控訴人は、被控訴人らに対して前記1の(二)もしくは(三)の損害を特別事情による損害としてその賠償を求め得るものである。

4 仮に、前記1の(二)もしくは(三)の損害賠償が認められないとしても、少くとも次の損害は賠償すべきものである。

(一) 本件土地の売買代金相当額金五五万円

(二)控訴人は、昭和四一年六月一六日麻生簡易裁判所に対し、被控訴人福富子之助を被告として本件土地の所有権移転許可申請手続と右許可を条件とする所有権移転本登記手続等を求める訴を提起したが、上訴等により長引くことが予想されたので四割提供の不足分を他から買入れざるを得なくなり、昭和四三年一二月頃神栖村字一番洲二三五六平方メートル(七一二坪)の土地を代金二三五万円で、昭和四四年一〇月頃同村字高浜九一五平方メートル(二七六坪)の土地を代金一一〇万円で買入れ、その頃開発組合に対し前者を代金四七万四〇〇〇円、後者を一九万三〇〇〇円で提供した。

控訴人は、これによって右の買入価額と提供価額との差額合計金二七八万三〇〇〇円相当の損害を被った。

5 よって、控訴人は、被控訴人らに対し、前記1の(二)もしくは(三)のうちの金一二五五万円または1の(二)もしくは(三)と2の合計額のうちの金一二五五万円あるいは4の(一)、(二)と2との合計額のうちの金一二五五万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。

三  被控訴人福富誠一に対する予備的請求の損害賠償請求額を前記二、1の(二)もしくは(三)の損害のうち金一二五五万円と改める。

(被控訴代理人)

(訂正された請求原因に対する認否)

一  前記控訴人の主張一のうち被控訴人福富誠一が被控訴人福富子之助から本件土地売買についての代理権を与えられていなかったことは認めるが、その余はすべて否認する。

二  同二のうち、控訴人がその主張の土地を開発組合に提供したこと及びその経緯は不知、その余は否認する。

三  同三の控訴人がその主張の損害を被ったことは否認する。

(抗弁の追加)

一  本件土地は農地であるところ、農地法三条に基づく県知事の許可がなされていないから、本件売買契約はその効力を生じない。したがって、本件土地の履行に代る損害賠償請求権は生じない。

二  被控訴人福富誠一は、昭和四一年一〇月一九日、本件売買代金五五万円に利息を加えた金六七万二七六〇円を弁済供託した。

もっとも、右供託は供託原因を消費貸借契約に基づく債務の弁済と記載しているけれども、金五五万円を弁済すべき債務は一個しか負担していないから、右供託は有効と解すべきである。

(控訴代理人)

(追加された抗弁に対する認否)

一  抗弁一のうち本件土地が農地であって農地法三条の許可がなされていないことは認めるが、許可がない間の農地売買契約は所有権移転の効果が生じないだけで、その他の売主、買主の権利義務は発生しており、売主は所有権移転許可申請手続をする義務を負い、この義務を履行不能にした場合には、債務不履行の一般原則に従って買主に対して損害の賠償をしなければならない。そして買主が信頼利益のみならず目的農地に代る賠償を受けられるかは、売主の不履行がなかったならば買主が許可を得られたか否かにかかっているところ、本件土地については申請すれば許可が確実に得られたものであるから、履行に代る損害賠償を請求し得るものである。

二  抗弁二のうち供託がなされていることは認める。

しかし、右供託はその主張のとおり消費貸借契約に基づく債務の弁済を供託原因としているものであるから、本件損害賠償債務についての弁済供託としての効力を生じない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人福富子之助に対する請求および同福富誠一に対する主位的請求

1  被控訴人福富誠一が昭和三七年五月一九日、同人がかねて偽造し改印届をした被控訴人福富子之助名義の印章、その印鑑証明書、偽造委任状、本件土地の登記済権利証を提示して同被控訴人から代理権を授与されている旨詐称し、同被控訴人所有の本件土地につき買主を控訴人、売主を同被控訴人とし、代金を五五万円とする売買契約公正証書を作成し、同日条件付所有権移転の仮登記を経由したうえ、金五五万円が授受されたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人は被控訴人福富誠一が同福富子之助を代理する権限を有すると誤信して右売買契約を結んだものと認められる。被控訴人らは右契約は貸金五五万円のためにする譲渡担保契約である旨主張し、被控訴人福富誠一は原審ならびに当審において右主張にそう供述をしている。しかし、右供述は、供述の態度、全趣旨に徴してそれ自体措信できないのみならず、《証拠省略》に対比しても到底採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  被控訴人福富子之助に対する請求

控訴人は前記1の事実関係につき、被控訴人福富誠一において無断で本件土地の権利関係を変更することがないように注意すべき義務を怠ったとして、被控訴人福富子之助に対し不法行為に基づく損害賠償の請求をしている。

しかしながら、右の主張は不作為による不法行為が成立するというに帰するものであるところ、不作為によって不法行為が成立するというためには、その前提要件として、法令その他特別の関係によって作為義務の存在することを要するものというべきである。しかるに、本件においては控訴人の主張するような作為義務が、道義上はともかくとして、法令上存在しないことはいうまでもないばかりではなく、社会通念上も右のような行為を怠ったからといって違法と評価し得べきものではない。

その他、本件すべての証拠によっても、例えば、被控訴人福富子之助が被控訴人福富誠一のなした前記1の印鑑偽造等の事実を知りながら放置していた等、被控訴人福富子之助につき責任を肯定すべき余地のある特段の事情もなんら認めるに足りない。

そうとすれば、控訴人の被控訴人福富子之助に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、排斥を免れないものというほかはない。

3  被控訴人福富誠一に対する請求

(一)  前記1の争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認定することができる。すなわち、

本件土地付近一帯の鹿島地区については、昭和三六年九月に鹿島臨海工業地帯開発計画が公表され、昭和三七年四月に鹿島臨海工業地帯開発組合が設立されて、組合の事業として、右組合が土地を買収して整地後その四割を組合の所有とし、残り六割をもとの所有者の所有とする買収方式(整地後の土地の配分を受けない者は買収の対象となる所有地の四割を提供するを以て足りるものとされていた。)がその頃発表された。ところで、控訴人は、当時居宅付近に約三町歩の土地を所有していたが、これを手放したくなかったので、他から約二町歩の土地を買入れてこれを開発組合に提供しようと考えて提供用地を物色していた。その矢先、控訴人は知人の佃要人を介して、被控訴人福富誠一が本件土地の買手を探しているとのことを聞知したので、昭和三七年五月一六日頃、被控訴人福富誠一と会し、同人に対して本件土地を開発組合に提供する目的であることを明示して買受方を申入れ、代金を反当り五万円として売買する旨の具体的な合意をし、同月一九日に佃要人を控訴人の代理人として前記のとおり本件土地につき売買契約公正証書が作成されるに至った。ところが前示のとおり本件土地は、被控訴人福富子之助(同被控訴人は被控訴人福富誠一の父である。)の所有であって、被控訴人福富誠一は被控訴人福富子之助から売却につき代理権を得ている旨詐称し、控訴人および佃要人はその旨誤信していたものであるが、昭和三八年一月に控訴人が本件土地につき農地法所定の許可申請手続や所有権移転登記手続をすることを求めると、被控訴人福富誠一は、「所有土地を他に売却すると払下が受けられる予定となっている土地の払下が受けられなくなるから、右土地の払下がすむまで本件土地について手続をすることを待ってほしい。」などといって、あくまでも被控訴人福富子之助に無断で売却したものであることを秘して、本件土地の引渡を履行するかのごとき詐言を弄し続けて本件土地につき所有権移転許可申請手続をなさないでいた。しかるに一方開発組合の事業は着々と進捗し、昭和三九年二月からは現実の買収が開始されるに至ったので、控訴人は提供のために先に花塚幸雄から反当り五万円で取得していた九反三畝六歩の土地に合わせて、昭和三九年一二月自己固有の所有地(イ)一〇二三平方メートル(約三一〇坪)と(ロ)二三〇三平方メートル(約六九七坪)合計三三二五平方メートル(一〇〇七坪)を開発組合に提供した(なお、そのほか控訴人は、自己所有の土地一六八八平方メートルと昭和三九年に他から取得した土地とを合わせ合計四八〇六平方メートルの土地を昭和四三年に開発組合に提供した。)。他方、控訴人は昭和四一年六月に被控訴人福富子之助を被告として、本件土地につき所有権移転許可申請手続と許可を条件とする所有権移転登記手続、本件土地の明渡を求める訴を麻生簡易裁判所に提起したが、控訴人の有利に進行せず、長引くことが予想されたので、提供不足分として、昭和四三年一二月に二三六五平方メートル(七一五坪)の土地を代金二三五万円で、昭和四四年一〇月頃に九一五平方メートル(二七六坪)を代金一一〇万円で他から買入れ、その頃前者を四七万四四〇〇円、後者を一九万三〇〇〇円で開発組合に提供し、これによって開発組合から求められていた所有地の四割にあたる土地の提供を了した。開発組合に対する提供は任意売買の形をとっているが強制買収に類するもので、事実、開発計画施行地域内の土地所有者は一、二の例外を除いて提供に応じており、控訴人と開発組合との間においても前記提供に先立って、提供する旨の合意が予めなされていたものである。そして、その買収価格は地目によって異っているが、一般に反当り一六万円を上廻っている。また、開発計画施行地域内の土地の価格は、開発計画の前記発表とともに急騰傾向を示し始め、土地の売買も頻繁となり、そのため価格は一層騰貴し続けて、本件土地の売買当時は反当り五万円程度であったものが、開発計画施行完了後の現在においては、坪当り工業地帯が三万円、農業地帯でも二万円を下らないものとなった。なお控訴人は、当時農業を営んでいたもので、本件土地につきなされた競売に関して昭和三八年五月および七月に競買適格証明を得た事実もあり、他から買入れて開発組合に提供した前記土地についても農地法三条の許可を得ていたものであって、当時控訴人が開発組合に提供する目的で農地を取得した場合には、右の許可が得られたものであったことが認められる。

《証拠判断省略》

(二)  以上の認定事実に基づいて、被控訴人福富誠一の欺罔行為に因って控訴人の被った損害につき判断する。

控訴人は、前記(イ)、(ロ)の自己固有の所有地を開発組合に提供したことによる損害の賠償を求めているところ、もし被控訴人福富誠一の欺罔行為がなかったならば、控訴人はその頃直ちに他から代替地を取得し、これを開発組合に提供することができ、したがって右(イ)、(ロ)の自己固有の所有地を提供する必要がなかったはずであるから、右(イ)、(ロ)の土地を提供したことによって控訴人の被った損害は、被控訴人福富誠一の欺罔行為に基づく損害というべきである。

右損害額は、(イ)、(ロ)の土地を提供したことによる損失額と、被控訴人福富誠一の欺罔行為がなかったならば他から取得して開発組合に提供することによって生じたものと認められる損失(又は利得)額との比較によって算出されるべきものであり、別紙損害計算書(三)(1)のとおりの算式により、後者につき損失を生ずべき場合にはその額を前者の損失額から控除し、後者に利益を生ずべき場合にはその額を前者の損失額に加算することとなる。

しかして、(イ)、(ロ)の土地の時価は、《証拠省略》によって坪当り二万円と認めるのを相当とし、右各土地の買収価格は、《証拠省略》によって、(イ)の土地につき一七万二二六六円、(ロ)の土地につき三六万九六〇〇円と認められ、代替地の買入必要価格は、他に特段の事情の認められない本件においては前記認定の花塚からの買入価格である反当り五万円と認めるのが相当である。さらに、代替地の買収予想価格を前記認定の最低買収価格反当り一六万円とし、以上の数値を前記算式にあてはめると、同損害計算書(2)のとおり一九九六万七三六七円となる(なお、代替地の買収価格が前認定の最低価格反当り一六万円を上廻る可能性はあるが、仮に上廻るとすればその分だけ右算式による損害額は増加することとなり、いずれにしても本件損害が一九九六万七三六七円を下ることはない)。

ところで、右認定の損害は、その性質上特別事情による損害とみるべきものであるが、前記認定事実によれば、被控訴人福富誠一は、控訴人において本件土地を買受ける目的が開発組合に提供するためのものであることを当時知悉しており、また本件売買契約締結当時および欺罔行為を継続している間に土地価格が急騰しつつあること、ないし開発計画施行完了後においては格段に騰貴するものであることを知っていたか、あるいは当然知り得べきであったといえるから、被控訴人福富誠一は控訴人に対して右認定の一九九六万七三六七円につき特別事情による損害として、その賠償の責に任ずべきものといわなければならない。

なお、過失相殺の当否について付言する。

本件不法行為の態様が前示のごとき詐欺行為であってみれば、不法行為の成立につき被害者たる控訴人に過失があるとして損害の発生に関して右過失を斟酌することは、そもそも損害の公平な分担という過失相殺制度の目的、趣旨に照らし背理というべきである。また、控訴人は被控訴人福富子之助を被告として前記認定のとおり本件売買契約の履行を求める訴を提起し、右訴は後記認定のとおり昭和四六年四月三〇日上告棄却の判決によって控訴人の敗訴に確定したものであるところ、本訴は、その後昭和四七年一月一七日に提起したものであるから、その間八か月余しか経過していず、控訴人において殊更、損害賠償請求権の行使を遅らせ、土地価格の値上りを待って本訴を提起したものとも認められず、しかも欺罔行為が相当期間継続していることからすれば、控訴人が損害の発生、拡大につき社会通念あるいは信義則上要請される損害抑止義務に背馳する過失があるともいい得ないものというべきである。

(三)  そこで、進んで抗弁について判断する。

被控訴人福富誠一は、控訴人は、同人が被控訴人福富子之助を被告として提起した前記認定の訴訟の第一審判決が言い渡された昭和四三年一二月二八日に右判決説示の理由によって本件売買契約が被控訴人福富誠一の無権代理行為であった事実を知っていたものであるから、本件損害賠償債務は同日から三年を経過した昭和四六年一二月二七日に時効により消滅したと主張する。

しかし、《証拠省略》によれば、なるほど右訴訟の第一審判決が右主張の日時言渡されたことおよび右判決の理由において、本件売買契約は被控訴人福富誠一が被控訴人福富子之助の不知の間に偽造印章、印鑑証明書を使用して締結したものである旨説示していることが認められるけれども、他方、《証拠省略》を総合すると、控訴人は佃要人の証言や諸般の事情から本件売買契約が被控訴人福富子之助の承諾のもとになされたものであると信じ、その旨の主張を維持して控訴、上告していたものであることが認められるから、控訴人が被控訴人福富誠一の本件売買契約締結の行為をもって前示のごとき欺罔による不法行為であるとして、これによる損害の発生を確実に知るに至ったのは、右上告審において上告棄却の判決が言渡された昭和四六年四月三〇日であると解するのが相当である。

そうすると、本件訴が提起された前記昭和四七年一月一七日にはいまだ本件損害賠償請求権は時効によって消滅していないものというべきである。

被控訴人福富誠一は、また、本件売買代金相当額金五五万円を供託している旨主張し、右供託の事実は当事者間に争いのないところであるけれども、その供託原因が、被控訴人福富誠一の主張に即して消費貸借債務の弁済としてなされているものであることは同被控訴人において自陳するところであるから、右供託は前認定の不法行為に基づく損害賠償債務の弁済としての効力を生ずるに由なく、右損害賠償請求に対する抗弁たり得ないことはいうまでもない。

したがって、抗弁はいずれも理由がなく、被控訴人福富誠一は控訴人に対して不法行為に基づく損害賠償として前記認定の財産上の損害一九九六万七三六七円の支払義務を負担するものであるから、その範囲内である一二五五万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年二月二五日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の被控訴人福富誠一に対する主位的請求は理由がある。

二  よって、原判決中被控訴人福富誠一に対する主位的および予備的請求を棄却した部分を取消して主位的請求を認容し、被控訴人福富子之助に対する本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、九二条、八九条を適用し、なお仮執行の宣言は不相当と認め、これを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)

<以下省略>

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